川上扮するところの刺客相原は、おどりかかって板垣を刺す。ここで例の、/「板垣死すとも自由は死せず」/をやるのかと思うと、そうではない。組んでは倒れ、起きあがってはまた組みつき、五度も六度も格闘をくり返すあいまあいまに、自由民権思想について両人が、泡をとばして論じ合うのである。(中略)相原が板垣の髪の毛をひっつかむ、それを下から板垣が二間も先へはねとばす。ドシーンと舞台の板が鳴る。様式化した歌舞伎の立ち廻りにくらべると写実そのものだ。(中略)----ところへ珍事が突発した。板垣が、/「ろうぜき者ッ、出あえ」と声をあげるのを聞いて、中教院の中からばらばら人がとび出し、相原と大乱闘のさなか、巡査二人をしたがえて警部が花道を駆け出してきたのだ。そのまたあとを、中村座の頭取があわてふためいて追ってくる‥‥。(中略)平土間の見物は床板をふみ鳴らし、/「官憲横暴ッ」/と絶叫しながら、花道めがけて殺到しようとした。/舞台番が、泡をくってとび出してきた。/「頭取さん、ちがうよッ、ちがう。そのお巡りは役者だ。狂言だよッ」
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